旗本屋敷跡

更新日:2022年10月03日

 この場所は、江戸城外郭の牛込門内にあたり、富永権左衛門という旗本が幕末まで代わることなく屋敷を拝領していました。現在の番町・麹町一帯は徳川氏が旗本を配置して以来、旗本たちの集住する町として幕末に至っています。
 この石碑は、富永邸に由来すると見られるものです。正面に刻まれた「下乗(かじょう)」の文字は、道教の神を意味する言葉です。日本歯科大学附属病院の竣工にあたり、昭和40年代前半までこの地にあった旧富永邸長屋門は山形県に移築されたため、石碑は武家生活の一端を物語る唯一の痕跡として大切に保存されています。